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第22回目 磁気で脳の回路を調整する?

脳科学豆知識 第21回 「自閉症とロボット」
磁気で脳の回路を調整する?

脳は心臓や筋肉と同じように電気化学的な臓器です。頭蓋骨の外から脳を物理的に刺激するために、電気、磁気、超音波などのエネルギーが活用されています。変動磁場による電磁誘導を脳に応用した経頭蓋磁気刺激(けいずがいじきしげき)はTMS (Transcranial Magnetic Stimulation)とも呼ばれています。TMSは病院での検査や治療に使われています。検査では神経細胞の伝わる速さを調べたり、治療ではうつ病などの精神神経疾患に使われるようになりました。

TMSコイルを頭部に接するように固定して、そのコイルに瞬間的に高電流を流すと、変動磁場によって脳内に渦電流が誘導されて、神経細胞が電気刺激されて活動します。このため、TMSは電極を用いない電気刺激とも言われますが、磁気エネルギーを使う利点は頭蓋骨でのエネルギー伝達効率の良さにあります。電極を用いた電気刺激もありますが、頭蓋骨を通過する際にエネルギーの9割が失われ、脳に到達するエネルギーは1割未満と考えられます。頭蓋骨は電気的にも脳という臓器を守っていると言えるかも知れないですね。これと対照的に、TMSでは電磁誘導を活用するため、頭蓋骨でのエネルギー減少はないのです。このため、TMSでは弱い刺激強度でより局所の脳領域を活動させることが可能となります。日本人の開発した8の字コイルという刺激コイルを用いると、5~10mmの精度で脳領域を刺激できると考えられています。刺激を受ける立場からすると、電気刺激は頭皮に痛みをともなうことが多く、TMSは頭皮を軽く叩かれているような感じであることが多いです(個人差はありますが)。

TMSを用いて一次運動野という運動を司る脳領域を刺激すると、何が観察されるでしょうか?例えば、左半球で手の動きを司る脳領域をTMSで刺激すると、右手の筋肉が動きます。これを詳しく説明すると、TMSによる渦電流が介在ニューロンを経由してベッツの錐体細胞に活動電位を起こし、それが延髄の錐体交差で反対側に移り、脊髄前角のα運動ニューロンに活動が伝わって、骨格筋の収縮が起こります。筋電図で記録すると、TMSから筋収縮まで20数ミリ秒程度で、運動誘発電位(MEP)と呼ばれる筋活動が記録され、MEPの大きさは運動野皮質の興奮性を表しています。刺激を受ける立場からすると、何もしないのに勝手に手の指が動いたという不思議な感覚になります。視覚野を刺激すると、目を閉じていても光が感じられます。

もう一つ大切なことは、TMSによって錐体細胞に生じた活動電位は、神経線維を伝わって脳内に広がるということです。神経線維には左右の半球間をつなぐもの、半球内に広がるもの、そして脳の深部(皮質下)へとつながるものがあります。TMSによって直接活動する脳領域は刺激コイルの直下に限られますが、刺激の影響は刺激点を含む複数の神経回路に及ぶということはとても大切です。

最後に、反復TMS(repetitive TMS; rTMS)についてお伝えします。rTMSでは、TMSを数百回以上も反復的に繰り返すと、刺激が終わった後にも、刺激効果が一定時間(多くは1時間以内)継続的に観察されます。刺激効果は先ほどのMEPを計測しながら観察します。どんなリズムで磁気エネルギーを送るかというrTMSのパターンは、神経細胞内で生じる活動電位のパターンに類似します。このパターンによって、興奮性と抑制性の刺激効果を区別することができます。つまり興奮性rTMSの後には、MEPの増強効果が一定時間観察され、抑制性rTMSの後にはMEPの減弱効果が観察されます。これらの電気生理学的現象は「ニューロモデュレーション」とも呼ばれ、神経可塑性という脳システムの柔軟性を支える仕組みとの関連があると考えられています。一次運動野よりも5〜6cm前方にある脳領域をrTMSで刺激すると一定の割合でうつ病の症状を改善することが分かっています。うつ病治療では、1秒間に10回の頻度で3,000回のTMSを実施するrTMSを4〜6週間継続しますが、その治療メカニズムはまだ研究段階にあります。

文責: 中村元昭
所属: 昭和大学発達障害医療研究所
所属学会: 日本精神神経学会・日本臨床神経生理学会・日本神経科学会・日本生物学的精神医学会