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第32回 「おにぎりって何?」の謎

 「コンビニでおにぎり買ってきて」と頼んだら、相手が「おにぎりって何?」と真顔で返してきたらびっくりしますよね。日本語を知らない外国人ならともかく、一緒に暮らしてる家族が急にそのように返してきたら、何をふざけてるんだとあなたは言い返すかもしれません。行きたくないからそんなことを言ってるんだろうと思うかも知れません。

 でも、ひょっとしたら本当におにぎりが何なのか分からなくなったのかも知れないのです。試しに身近なもの、たとえばバナナを指差して「じゃあこれは何?」と聞いてみて下さい。それはバナナ、と即座に返してくればとりあえずひと安心です。「それは食べ物でしょ」などと言ったらちょっと心配です。その場合、ヒントのつもりで「これは、バ…」と言ってみて下さい。「そうそうバナナ」と答えれば、これもひと安心です。でも、もし「バって言うんだっけ、これ。」と言ったら、これはかなり心配です。

 ひょっとしたら意味性認知症かもしれません。日常のありふれたものの名前や意味が分からなくなる病気です。食べ物だけでなく、机、時計、階段、ネコ、山、などあらゆるものの名前が出てこなくなります。そのため「あれ」「これ」を使って話すことが多くなります。それだけでなく、バナナと言いたいときに「食べ物」、ネコと言いたいときに「動物」になる、というように、より大きなくくり(カテゴリー)で言う傾向がみられるのも特徴です。また、名詞だけでなく動詞も出てこなくなるため、とても回りくどい説明をするようになります。言えないだけでなくことばの意味がわからなくなっているので、タイトルのように「◯◯って何?」と頻繁に聞き返すようになるのです。このようなことばの障害は、語義失語と呼ばれます。

 よく知られているアルツハイマー型認知症では、出来事の記憶、たとえばさっきバナナを食べたとか、これからコンビニに行かなきゃ、などという事がらは忘れますが、ものの名前や意味が分からなくなるのはかなり進行して重症になってからです。ところがこの意味性認知症では、他のことがかなり普通にできている軽症の時期からこの症状がみられるのです。逆に出来事はあまり忘れません。

 アルツハイマー型認知症では、アミロイド蛋白やタウ蛋白が脳の側頭葉内側や頭頂葉にたまることが知られていますが、意味性認知症の多くは、TDP43という別の蛋白が前部側頭葉にたまり、神経細胞が脱落して強い脳萎縮をきたします。これは前頭側頭葉変性症と呼ばれる疾患の一種です。左半球の萎縮が強いと、ここで述べたように語義失語になりますし、右半球の萎縮が強い場合は、顔や人物の認知など、視覚に関連した障害が目立ちやすくなります。もしもあてはまる症状があるようなら、かかりつけ医に相談して、早めに専門医を受診することをお勧めします。

文責: 永井 知代子
所属: 帝京平成大学
所属学会: 日本神経心理学会,日本神経学会