
第38回 脳波のリズムネットワーク

脳波は、たくさんのニューロンが同時に働くことで生まれる集合的な電気的な活動の変化を頭の外から記録したものです。脳波は、頭皮に電極をつけて計測することができますし、医療目的では、脳の表面や内部に直接電極を置いて詳しく調べることもあります。脳はそのときの状態によって、さまざまなリズムの脳波を出します。たとえば、目を閉じてぼんやりしているときには、後頭部の視覚野の領域を中心にアルファ波と呼ばれる約10Hzのリズムが強くなります。一方、暗算などの集中を必要とする作業をしているときには、前頭部の中央あたりでシータ波(4〜7Hz)が強くなることが知られています。
さらに、離れた脳の場所どうしで脳波のリズムがそろう同期という現象も起こります。たとえば、白黒の“顔らしい画像(ムーニーフェイス)”を見たときには、約40Hzのガンマ波が脳の広い領域で同期し、脳の情報統合のためのネットワークを形成していることがうかがえます。こうした同期するネットワークは、必要に応じて脳のさまざまな領域をつないで情報をやり取り、コミュニケーションするためのものだと考えられています。
脳波のリズムネットワークは精神や神経の病気とも関係があります。統合失調症の方は、ムーニーフェイスを見たときのガンマ波の同期が弱く、顔として認識するのが難しくなることがあります。また、脳卒中では、目を閉じて安静にしているときに見られる大域的なネットワークの同期が弱くなっており、その程度が日常生活動作の障害や運動麻痺の重さと関係していることがわかっています。
さらに近年の研究から、脳波の同期が、どのくらい安定したりゆらいだりしているか、という特徴が、自閉スペクトラム症傾向など、個人の“心の特性”にも結びついていることが明らかになってきました。脳内の同期ネットワークが刻一刻と変化する性質は、柔軟な思考や情報統合と深く関係し、ひいてはその人らしさを形づくる一因になっている可能性があります。さらに、脳波にみられる同期ネットワークは個人の脳内だけではなく、複数の人がコミュニケーションをしているときに人の脳の間で脳波リズムが同期し、ネットワークとして観察されることも知られており研究の対象となっています。
このように、脳波の研究は脳の情報処理の仕組みを理解する手がかりになるだけでなく、精神・神経疾患の原因解明や治療・リハビリテーションにもつながる奥深くて魅力的な分野です。
文責: 北城 圭一
所属機関: 自然科学研究機構生理学研究所
所属学会: 日本心理学会、日本神経科学学会、日本神経回路学会、日本生理学会、日本臨床神経生理学会




