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第4回目 学習には「びっくり!」が必要?


犬はお腹がすいているときに大好物の肉を見るとよだれを垂らします。肉を見せる前にベルの音を聞かせると、今度はベルの音を聞くだけでよだれを垂らすようになります。ベルの音が聞こえることで、肉がもらえることを期待しているかのようです。これが有名な「パブロフの犬」です。この現象は今では古典的条件づけと呼ばれ、我々人間にも共通する学習の基本的要素であると考えられています。

古典的条件づけというのは「音」と「肉」というように、続けて経験した二つの事象を単に記憶しているだけなのでは、とも思えるかもしれません。ところが、多くの研究によりそう単純なものではないことがわかってきました。例えば、はじめにライトが点灯した後に肉が出てくることを犬が学習したとしましょう。それから、ライトが点灯すると同時にベルの音が鳴り、その直後に肉がもらえる、という経験をするとします。するとその後は、ベルの音を聞いただけではよだれを垂らすようにはならないのです。こういった実験から、古典的条件づけには予測からのずれ、つまり「驚き」が必要であることがわかってきました。この例の場合、犬にとってはライトがついただけで直後に肉が出てくることがわかっているため、ベルの音が鳴った後に肉が出ても何も驚きは無く学習は起こらないということです。動物は現在の状況を手掛かりにこれから起こることを予測し、その予測が外れたときだけ学習をしているようです。

何らかの学習が起こるときは、脳の中の神経細胞と神経細胞の間のつながりの強さが変化すると考えられています。実際は神経細胞から他の神経細胞へは、細胞間にあるシナプスと呼ばれるところで神経伝達物質を介して信号が送られています。つながりの強さが変化するとは、その信号の伝わりやすさが変わることです。そして、脳内にあるドーパミンという物質が、そのつながりの強さの変化を助けるような働きがあることがわかってきました。さらに、脳の奥深くにあるドーパミンを出す細胞は、期待していなかったときに報酬がもらえたりしたときに特に強く活動することがわかってきています。つまり、期待もしていなかったような良いことがあるとドーパミンが放出され、その良いことを予測することを助けるような学習が起こるということです。それにより、動物は現在の状況をもとに獲物の出現をいち早く予測し、効率的に食べ物を手に入れることができるのでしょう。

覚せい剤などのドラッグはこのドーパミンの働きを増大させ、異常な“学習”を脳に引き起こしているのではないかと考えらえています。精神疾患の中には学習やドーパミンが関係していると考えられているものもあります。学習の原理とその脳内メカニズムを解明することができれば、心の健康の問題にも貢献できるかもしれません。もちろん、学習は古典的条件づけだけではありませんし、関係する脳内メカニズムはドーパミンだけではありません。パブロフが古典的条件づけを発見してから100年以上たった現在も、多くの研究者がさまざまな切り口からこのテーマに取り組んでいます。

文責:片平健太郎
所属学会:日本心理学会他
所属機関:名古屋大学 大学院情報学研究科 心理・認知科学専攻