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第13回目 大人の揺りかご効果

大人の揺りかご効果

揺りかごは幼児をあやしたり、安眠させるために使われます。私自身も現在子育て中のため、どのような揺れが子供の眠りを誘うか日々試しています。一方、大人も、心地よく揺れる電車等の乗り物で、揺りかご効果を体験することが出来ます。ただし、夜行バスでは、照明や騒音等の影響もあって、逆に眠れないという人もいるでしょう。果たして、無刺激のアンタッチドな状態で眠るべきでしょうか?逆に、睡眠時や入眠時に積極的に刺激を与えることで睡眠の効果を高めることができるでしょうか?

スイスのベイヤー博士らは、揺れるロッキングベッドが大人の睡眠に与える影響について2019年に報告しました。同博士らはモーターに繋がれたロッキングベッドを0.25 Hzで10.5 cm横方向に1晩中動かしました。すると、深いノンレム睡眠に入るまでに要する時間が短くなり、深いノンレム睡眠の割合が増加しました。そして、睡眠による単語ペアの記憶の定着効果が増強されました。さらに、同博士はフランケン博士らと共同して、揺動刺激がノンレム睡眠の割合を増加させることをマウスにおいても解明しました。この作用は耳石の欠損した遺伝子改変マウスでは生じなかったため、耳石が揺動刺激による直線加速度を感知することを通じて睡眠を増強していると考えられます。マウスとヒトの両面から睡眠を研究することで、より詳細なメカニズムの解明と臨床応用に繋がるでしょう。

今回の報告では一定の頻度と強度の揺動刺激を用いていますが、地震の多い日本では夜間の揺れで起きてしまう人もいるかもしれないため、人毎に強度や頻度を調節した方がよいかもしれません。また、ロッキングベッドに比べて小型のロッキングチェアやマッサージチェアを用いて揺動刺激や振動刺激を与えることも考えられますが、寝返りがしづらいために、短時間の昼寝等が限界です。そこで、眠りを妨げずに脳を直接刺激する方法も研究されています。宮本らはノンレム睡眠中のマウスの脳活動を光操作して、記憶の定着に与える影響を調べました。学習した感覚情報に関連する複数の脳領域を同時に光操作すると記憶成績が上昇し、各脳領域を交互に光操作すると記憶成績が低下しました。将来、睡眠時に各脳領域の活動のタイミングを操作することで、記憶力を上下できるかもしれません。現状、領域選択的に脳を刺激することはヒトにおいては難しいところですが、脳に微弱な電気や磁気や超音波刺激を与える方法も研究が進んできています。これまでアンタッチドであった睡眠時に刺激を与えることで睡眠の効果を高める方法の研究・開発が期待されます。

文責: 宮本 大祐
所属学会: 日本神経科学学会 日本生理学会
所属機関: ウィスコンシン大学マディソン校 睡眠・意識センター