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第27回 嗅覚のひみつ

皆さんは金木犀の香りを嗅いだ途端に幼少期を懐かしく思い出したり,畳の匂いで祖父母の家を思い出したりすることはないでしょうか?嗅覚は他の感覚よりも強く記憶や感情と結びついていると言われています.今回は嗅覚のひみつをご紹介しましょう.

私たちは,どのようにして匂いを感じているのでしょうか.鼻の中の天井部分には,匂いの分子が作用する嗅上皮があります.メガネをしている人ですと,ちょうど鼻あての辺りです.鼻から吸い込んだ空気は嗅上皮に向かっていき,匂いの分子が嗅上皮に作用します.嗅上皮には,嗅細胞という神経細胞が一千万個くらいあります.それぞれの嗅細胞には毛が10本くらい伸びていて,この毛の部分で匂いの分子がキャッチされます.一般に神経細胞は生まれ変わる(再生)ことはないのですが,嗅細胞はまるで皮膚の細胞のように1か月くらいで生まれ変わる特殊な神経細胞です.

嗅細胞でキャッチされた匂いの情報は,脳へと直接に連絡します.この脳の部分を嗅球といいます.嗅球からは嗅皮質さらに眼窩前頭皮質へと連絡されて匂いが認識されます.嗅皮質からは海馬という記憶に関わる領域にも連絡します.扁桃体という感情に関わる領域にも連絡します.匂いによって瞬時に記憶が蘇ったり,感情が動かされたりするのは,匂いの情報が直ぐに脳に達して,海馬や扁桃体へと連絡するためと考えられています.

近年,認知症のごく初期から匂いが分からなくなることが知られるようになってきました.この理由の一つには,嗅覚を司る脳領域に最初に病理学的な変化が生じることが考えられています.その他の理由には,脳内で脱落していくアセチルコリン神経(コリン作動性神経)の関わりが考えられます.この神経は,認知機能や記憶に関わる新皮質や海馬に加えて,嗅球にも神経線維を伸ばしています.ところが,嗅球に連絡するアセチルコリン神経の割合は新皮質や海馬よりも少ないことが知られています.アセチルコリン神経が減少していく際に,その影響は割合の少ない嗅球で最初に現れると考えられます.アセチルコリンの受容体を活性化すると,嗅球における匂い応答性が高まることから,同神経には嗅覚感度を高める働きがあることが分かってきました.

香りを嗅ぐことで,高齢期の加齢に伴う認知機能の低下を予防できるのではないかと期待されています.これからの研究で,更なる嗅覚のひみつが科学的に解き明かされていくことでしょう.

文責: 内田 さえ
所属: 東京都健康長寿医療センター研究所・自律神経機能研究室
所属学会: 日本自律神経学会,日本生理学会,ほか