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第29回 グリアの置換で脳を変える?


脳は数千億もの神経細胞と、それより多い数のグリア(ミクログリア、アストロサイト、オリゴデンドロサイト)で構成されています。グリアは神経細胞と積極的にコミュニケーションを取ることで、シナプス伝達やシナプスの繋がり方を変化させます。従って、グリアは脳の中核機能である情報処理・発信に重要で、その異常が種々の脳疾患と関係するとして大きな注目を集めています。

アストロサイトは最も大きなグリアで、その複雑な突起により一つのアストロサイトが20万個ものシナプスと接してシナプス伝達や繋がり方を制御しています。ヒトはアストロサイトの形態がマウス等よりも格段に大きく複雑で、数も多いことが知られています。では、マウスのアストロサイトをヒトアストロサイトと入れ替える(置換)とどうなるのでしょうか?ヒトのアストロサイト前駆細胞を新生児マウスに移植して置換した研究があります。移植されたヒトアストロサイトは、マウス脳内であっても大きく複雑でした。驚くべきことに、ヒトアストロサイトを移植されたマウスは、学習能力が高くなりました。少し短絡的ですが、ヒトが賢いのはヒトアストロサイトが大きく複雑で、より高度にシナプス伝達や神経の繋がり方をコントロールしているおかげかもしれません。

ミクログリアは脳の免疫担当細胞ですが、免疫細胞の機能以外に、シナプスの監視、シナプスの新生、維持、除去等シナプスの制御でも中心的な役割を果たしています。ミクログリアも置換や移植が出来ます。コロニー刺激因子1受容体ブロッカー(CSF1R-B)を投与すると脳内の殆どのミクログリアは消失しますが、投与をやめると新しいミクログリアが自己再生してきます。従ってCSF1R-BのON/OFFにより、移植無しでも既存ミクログリアを新鮮なものに置換することができます。加齢によりシナプス数は減少しますが、ミクログリアも変化して炎症型となります。老齢マウスのミクログリアをこの方法で置換すると、ミクログリアが新鮮になるだけでなく、老齢マウスのシナプス数が増加し、学習行動も亢進することが解りました。これも少し短絡的ですが、ミクログリアの置換により、脳を若返らせたり、神経回路を自由に組み替えることが可能になるかもしれません。さらに、ミクログリアを非侵襲的にマウス脳に移植する方法が開発され、ヒトミクログリアや遺伝子改変ミクログリアなどの外来性ミクログリアと安全に置換することも可能となり、これにより神経細胞の接続が変わることもわかってきました(図)。ミクログリアの置換、移植は、神経細胞より簡便、安定的、安全です。グリア移植や置換は、脳を知る・脳を変えるための有効な戦略になるかもしれません。

文責: 小泉 修一
所属学会:日本神経化学会、日本神経科学学会、日本薬理学会
所属機関:山梨大学院医薬理、山梨大学GLIAセンター